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帽子

 会社の制服の帽子が変である。なんと言ったらいいんだろう。とにかく変である。

 ある日、「新しい帽子が来たから、RISAさんのロッカーに入れとくね。今までかぶっていたのは、洗い替えにして」と言われた。帰りにロッカーを開けると、ビニール袋に入った帽子が置いてあった。一見、今までの帽子と同じものに見えた。しかし、袋から出してみると、形が違う。悪い予感がした。私は顔が大きいため、似合う帽子はとても限られているのだ。こわくなったので、そのまま袋に戻し、扉をバタンと閉めた。帰ろう、今日のところは。

 翌日、他のスタッフたちがかぶっている様子をチェックしてみようと思った。そうして見慣れていくうちに、覚悟を決めればよいのだ。
 まずは小柄で美人な「小鳥ちゃん」 彼女は鳥ではないが、愛らしいので、つい間違ってそう呼んでしまう。顔が小さいので、彼女ならどんな帽子もかぶりこなせるはずである。さっそく「その帽子、似合っていていいね」と声をかけた。彼女は頬を赤らめて、「恥かしいですぅ」とこたえた。どうやら、新しい帽子をかぶっている自分が恥ずかしかったらしい。私と違って、素直な性格だから、言われたとおりにかぶってみたが、本人しっくり来ていないらしいのだ。小鳥ちゃんでさえ、そう思ってしまう帽子である。私はますます恐怖におののいた。
 一番若い女性スタッフMちゃんにも「今度の帽子どう?」と話しかけた。彼女は一瞬、顔を曇らせた。「『帽子、新しくなったんだよねー』と言って、家族の前でかぶってみたら、『前のほうがよかった』って言われたんです」と、残念がる。

 しかし、Mちゃんも小鳥ちゃんも若いのだから、さほど心配はいらないのだ。問題は、この私である。

 「中華の料理人がかぶる帽子だよね」というスタッフもいた。私は、中華の料理人がどんな帽子をかぶっているのか、よくわからないが、自分たちがそっち系の人じゃないことだけは確かである。
 またあるスタッフは、以前、別の職場で同じ帽子を着用していたという。ただし、赤い線が2本入っているデザインだった。そして、その2本の赤い線に救われていた、というのだ。

 私は、一体、どうすればいいんでしょう。
 とりあえず、何も感じていないフリをして、かぶって仕事をしているが、鏡に写る自分の姿を見るたび、前の帽子が恋しくなるのだ。
 似合わない。そんなことはわかっている。わかっちゃいるが、やめられない。もはや、顔を小さくするしかない。いや、そんなことは無理だ。
 こうして、悩みはどんどん深みにハマっていくのである。


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私とアリス

 鏡を見てギョッとした。数日前から前髪の分け目のところに、元気な白髪が一本ピンと立っていることは知っていた。早いとこなんとかしなくっちゃ、と思っていたところだ。
 ある晩、時間に余裕ができたので、じっくり自分の髪に向き合っていると、出るわ、出るわ、たくさんの白髪ちゃん。こんなに増えたんだー、とためいきをつく。
 次から次へと発見してしまうので、すぐに10分くらいたってしまう。貴重な休みをこんなことで無駄にしたくないと思いつつ、ハマってしまう。これってキリがないんだな、きっと。
 毛の途中から白くなっているのや、根元だけ白いのがたくさんあったから、これらが全部、完全な白色になったとき、どうなっちゃうんでしょう。

 あんまり深く考えてはいけない。時が止められないということは、老化も止められないのだ。

 白髪探しをあきらめた(というか、飽きた)私は、買い物に出かけることにした。
 とりあえずスターバックスコーヒーへ入る。読みかけの「鏡の国のアリス」はしっかりバッグに入れてきた。スタバに行く時、本は欠かせない。

 いつものラテにチョコレートソースを追加した。カップの中の泡にかかったおいしそうなチェック模様を見ていると、胸がときめく。ああ、久しぶりの甘やかされたい気分。
 コーヒーとチョコのゴールデンコンビを満喫。

 こんなことを書いていて、アリスをテーブルに置いたままだった。まだ、途中までしか読んでいないけど、いつかこんなナンセンスな小説(しかも傑作!)を書いてみたいって思う。

 それでは、本の中のおとぎの国へ。アリスの夢が覚めるまで。
 でもその前にスタバが閉店しちゃうかもしれない。
 時間に限りがあるから、このひと時が大切になるってことだ。
 ページを開くと、兵隊たちが森の中を駆け抜けている。さてライオンとユニコーンの決闘はどうなるのか。
 同じ鏡の中でもわが家の洗面所のとは、えらい違いだな。



オイコノミア

 最近ちょっと気になるテレビ番組で、毎週火曜日午後11時30分放送(NHK)の「オイコノミア」というのがある。
 又吉直樹さん(ピース)が経済学者とトークをして、経済学を学ぶためにいろんな体験をするのだ。

 バラエティ番組をほとんど見ない私は、又吉さんをよく知らなかった。なんか見覚えのあるお笑い芸人(っていうか、髪型)くらいのものだった。でも大変な読書家だということはなぜか知っていた。

 そんな彼のテンション低めの話し方が実に心地いいのだ。いかにも深夜っぽい。
 簡単な言葉を使っているけれども、核心をついた質問をするから、経済に興味はあるけど難しいのはわかんない、そんな私にもぴったりなのだ。

 この間はイギリスの産業革命(18世紀~19世紀)についての話が出た。
 
 イギリス人といえば、昔から馬との結びつきがとても強い。今も車道でパカパカと乗馬を楽しんでいる人を見かけたりする。
 だが当時は工業化によって300万頭の馬が失業したそうだ。小型のモーターが代わりの役割を担うようになったためだ。

 現在、日本の失業率は3.9%(2013年6月)。コンピューターの普及により多くの人が職を奪われた。
 なかでも機械工や一般事務、経理といった業種(定型の仕事)は、コンピューターが得意とするため、仕事の需要は減り続けている。
 反対に、介護士や交渉の力が必要とされる企業のトップなどの需要は増えている。これら不定型な内容の仕事は人間にしかできないからだ。たとえば介護の現場では一人ひとり違う高齢者に対応するので、介護士という職種は経済学では「不定型手仕事」と分類される。

 私は昔の馬と一緒だったんだ。パソコンの普及で日本中の仕事が減っているとは聞いていたけど、馬にたとえられるとリアルだな。

 又吉さんは、実際にロボットが人と一緒に働いている工場を見学した。そこではロボットに個別の名前がつけられていた。長い時間、作業を共にすると愛着が湧いてくるものらしい。単純な作業はロボットにやらせて、人間はもっと高度なことに力を発揮できたらいい、という理想があった。こうなるとロボットに仕事を奪われてしまったこともストンと落ちてくる。

 テレビを見ていると、夫が「オイコノミアってどういう意味?」って何度も聞くので調べてみた。
 古代ギリシャ語で「オイコス」は『家、家の管理など』。「ノモス」は『法律』。「オイコノミア」は『家政』と訳すことができる。この「オイコノミア」が英語の「エコノミクス(経済学)」の語源になった。


 ここまで書いて言うのもなんだか、経済学ってやっぱり理解して説明するのって難しいのだ。


7月のある休日


 真夜中に雨が降り始め、やがて開け放った窓からザーザーと大きな音が聞こえてきた。
 ベッドにもぐりこんだ私たちは一緒に耳を澄ましながら、思ったことを口にする。
「こういう夜はよく眠れるんだよな。もっと、降れ」
と、彼が言う。
「雷が落ちたらどうしよう」
 私は暗闇に落ちる雨に少し怖い気持ちがしていた。
 温暖化のせいか、ここ北海道でも年に数回は雷雨が来るようになった。
 子どもの頃、カミナリ様といえば絵本の中に出てくる珍しいもので、実際に見られる機会はそうなかった。初めて稲光を見た時の興奮を今でも覚えている。

 日中は27℃もあって、蒸し暑い一日だったから、ようやく雨が降り出したかという感じだった。朝になって雨が止んでいれば、清々しい青空が広がっているに違いない。夏の雨はだいたいいつもそうなのだ。

 気温が高い時間帯を避けて、夕方、バラ園へ出かけた。この時期、大通公園には多くの種類のバラが咲いている。

 7月上旬はラベンダーとバラの季節なのだ。紫陽花は小さなブロッコリーのような蕾をたくさんつけていて、まだ咲いてはいない。

 バラの美しさを何かにたとえるとしたら、何があるだろう。いろいろ考えて思い浮かんだのは、月の光くらいである。
 バラには露がよく似合うし、もしその濡れた姿が月の光に照らされていたら、この世のものとは思えないほど優しくて、心を打たれるだろう。残念ながら、想像するだけでまだその光景を見たことはないのだが。

 そんなことを考えているうちに、やがてバラ園全体が黄金色に染まり、ベンチには夕涼みをしている人たちが静かに風景に溶け込んでいる。先ほどの暑さが嘘のように涼しい風が吹いて、時がゆっくりと流れていた。

 大通公園を札幌の中心部に向かって歩き出す。
 ライトアップされたテレビ塔、街のネオン、木々も、ほのかに光る噴水もなにもかも美しかった。情緒的だった。
 ここはなんて美しい都市なのだろう。

 短い夏がもうすぐやってくる。やがて夏を楽しむことに夢中になり、花のことなどすっかり忘れてしまうだろう。
 昔は夏が短いことが悔しくてしかたがなかった。
 夜には楽しいことがたくさんあった幼い日々を思い出しながら、眠りにつく。あのワクワクとした待ちきれない気持ちは今も消えない。
 


私、更年期かしら

 昨日は仕事中に具合が悪くなって吐いてしまった。
 早退して家で寝まくった。朝起きてもまだ調子がイマイチだったので、病院へ行くことにした。

 大病院で診察を受けたのはずいぶん久しぶりだった。
 少しめまいと嘔吐があっただけだったが、「点滴を打ち、血液検査をしてよく調べましょう。脳の方も検査した方がいいですね」と言われて、ちょっとビビってしまった。

 3年くらい健康診断を受けていなかったので、ま、いっか。
 検査の結果は来週出るとのことだった。

 家に帰ってパンを食べ、薬を飲んだが、なんだかヒマだった。
 外の風に当たりたい気分。
 家でじっとしているより、散歩に出たいと思った。

 近所のパン屋をのぞくと「1000円以上のお買い上げで、オリジナルトートバッグをプレゼント」のポスターが貼ってあった。3日間限りのサービスだ。
 こんなことで私のテンションはいとも簡単に上がってしまうのである。メールや電話でパン好きの知り合いにも教えたくなってしまうのであった。
 少し冷静さを取り戻して、再びテクテク。
 おいしそうな牛肉専門店があった。高いけどランチタイムならいつか食べに来られるかもしれない。
 昨日の朝食以降、ほとんど何も食べられなかったくせに、この食欲である。

 さらに歩く。信号待ちをしていると、ふと「人間ってなんで病気になるんだろう」急にそんなフレーズが浮かんできた。「ずっと健康で年を取れればいいのに」
 なんだか悲しくなってきた。

 ショッピングセンターに入って、スタバで何か飲もうか悩む。コーヒーを飲んでまた胃がムカムカしてしまったらどうしよう。
 やっぱりまずは本屋だな。ということで、2階へ上がる。
 そして本屋に着いた途端、真っ先に目に入ったのは「7日間で突然頭がよくなる本」(小川仁志 著)。
 んな、ばかな。7日間で頭がよくなるわけないじゃん。そう思いつつ、興味がないと言ったら嘘になる。
 その横には「雑談力の上がる話し方」(齋藤孝 著)と「聞く力」(阿川佐和子 著)。
 気になる。気になる。頭よくなりたくないっていう人、本当はいないだろう。
 しかしそれらの後ろにあった「大泉エッセイ 僕が綴った16年」(大泉洋 著)の方がやはり気になるのである。
 この辺の商品の並べ方、見せ方のセンスが、本屋の力量を表しているような気がした。うまいなあ。

 本屋が経営しているガラスの向こうのカフェ。
 たまにはぜいたくしてカフェにでも入るか。息抜き、気分転換、リラックス。なんて素敵な響き。

 ダージリンティーだけ頼むと630円。ケーキセットにすると750円。
 こういう選択って「誘惑との戦い」とも言えるのではないだろうか。紅茶だけ飲むつもりで入ったのに、やっぱりケーキセットを注文してしまうのだ。意志が弱いということだろう。

 そういえばここは以前アルバイトの面接に来て、落ちた店だった。
 こういうカフェにも一人で堂々と入ることができる、私は神経の太いおばさんなのだ。


Appendix

プロフィール

RISA

Author:RISA
本とカフェ巡りが好きな40代女性です。北海道札幌生まれ。
いつか本を出版するのが夢☆です。

現在、およそ2日に1度のペースで更新中です。

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