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魔法にかかった人

 なぜだろう。こんなに眠れるなんて。
 自分でも不思議に思えてきた…。

 ある夜、夫が外で飲んで帰ってきた。時刻は11時。
 私はベッドの中でウトウト心地良いときを過ごしていた。
 そんな私の姿を見るなり、彼は言った。
「一日の半分は寝てるね」

 そう思われてもしかたがない。
 だが、私はがんばって言い返すのであった。
「自分だって、休みの日の5分の4はそこにいるじゃない」

 そことは、わが家の一人がけソファーのことだ。
 電動式でリモコンのボタンを押すと、うぃーんと鳴りながら背もたれが倒れ、足をのせる台が出てくる。
 これに座ったら最後、よほどのことがない限り、立ち上がることはできないのだ。
 休日になると、彼はトイレに行くとき以外、ほぼ丸一日をここで過ごすことになる。おかげでタバコの本数も減ったくらいだ。(タバコは台所の換気扇の下で吸うことになっている)
 私も彼がいないときを狙って、ソファーに身を委ねるが、100発100中で眠ってしまう。私はこれを魔法のソファーではないかと、ひそかに思っている。

「そんなにたくさん寝れるなんて不思議な人だね」
 そう言われても無理もない。その通りなのだから。

 一応、父のために書いておくが、このソファーは父が私たちの引越し祝いにと、奮発して贈ってくれたものである。

 うつ病の友人は「眠れないのが、とにかくつらい」と話していた。
 数年間うつ病だった彼は、久しぶりに会うと、「実は統合失調症だった」ことがわかったそうだ。
 今度は薬の副作用なのか、眠くてしょうがないのだという。
 大変そうだな。

 昨夜は10時半に、ベッドにもぐりこんだ。夫に「まさかもう寝るの?」と聞かれたが、関係ない。だって眠いんだもの。
 今朝は7時半に目が覚めた。
 あたたかくてやわらかい布団の中のあの気持ち良さ。
 もう、言葉にできないくらい。

「どっかに猫いないかなあ」
 そう思ってベッドの上を見回したが、いるわけがない。
 そのうち見知らぬ猫が足元に座っている、そんな幻覚が見えるかもしれない。
 それはそれで楽しいだろうな。 


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夢に向かう


 みんなどうやってブログの更新を続けていけるのだろう。

 私は飽きっぽい。というより根気がないのだ。
 書きたいことはどんどん頭に浮かんでくるのに、ペンを手に取りたいと思えないときがある。なぜだろう。

 いつか本を出版するのが夢の40代女性である。
 書かなければ、何も始まらない。どうにもならない。

 そんな私に17日(木)、第148回芥川賞、直木賞受賞のニュースが飛びこんできた。
 こりゃまた、ずいぶん突拍子もない話をと、このエッセイを読んでいる人は思うだろう。
 書き出すことも躊躇している女が、こんな権威ある賞の話を持ち出すなんて。

 私は受賞した作品をまだ読んだことはないが、作品を生み出した人については興味しんしんである。
 芥川賞の黒田夏子さん(75歳)は史上最高年齢での受賞が話題になっているが、直木賞の朝井リョウさん(23歳)は男性最年少で、初の平成生まれである。
 過去に堤千代さんが22歳10ヶ月で受賞したのは1940年だった。男性での最年少は30歳3ヶ月の大池唯雄さんで、1938年にさかのぼる。
 現代の23歳が受賞したのは、やはり快挙なのだ。

 翌朝の新聞に朝井さんに関する記事があった。

「この本を書くことで、逃げられないようにしてやろう」
 誰を?自分を。何から?作家であることから。

 そうして書き上げた『何者』は、ネットやツィッターを使う就職活動に揺れる大学生の姿を描いた青春小説。

 朝井さんは朝5時に起き、2時間執筆してから出社、仕事を終えて帰宅すると再びパソコンへ向かう。

「満点の作品でなくても出し続けること、格好悪い自分を認め、理想に近づくように努力すること__。」

 若い受賞者の言葉が、なにかヒントになるような気がした。
 自分の体から余計なものを捨て、書き続けることが大切なのだと思えてきた。

 勇気を持つこと。
 頼もしい若者からまた一つ教えられた。

1月14日

 とっくに正月休みが終わっている時期だが、初詣に出かけた。
 成人の日で3連休の最終日だったせいか、たくさんの人が神社に来ていた。昔からいつも楽しみにしていた出店のなつかしい賑わい。普段は中国系の観光客で騒がしいこの神社も、今日は日本人であふれかえっていた。
 この日に初詣に来る人がこんなにたくさんいるなんて、思いもよらなかった。

 気温が少し下がったのだろうか。帰り道は足元が更に滑りやすくなっていた。
 氷が少しも溶けていないところを見ると、一日中、気温は零下だったのだろう。雪道をじっと見つめながら、ゆっくりと歩いた。

 昨年、この神社の近所に越してきてから、何度かは訪れていた。だがよく思い返してみると、初詣に来たのは高校3年生のときだった。よく晴れた冷え切った空の下で、おいしそうにお神酒を飲む級友の顔が頭によぎった。あの日、春になれば、それぞれ別の道へ進むことはわかっていた。一緒に来ていた仲間たちは、今頃どうしているのだろう。

 そんなことを考えながら、転ばないよう注意深く足を運んだ。
 この新しい2013年が素晴らしい年になるよう祈りながら。

人生で大切なもの

 20年前、特別養護老人ホームのケアワーカーとして働き始めた頃のことだ。祖母が大好きだった私は、介護の仕事に就くのが夢だった。
 ある日伊藤ミイさん(70代仮名)という女性が入所してきた。当時ほとんどの居室が4人部屋だったが個室に入った。認知症が重度だったからだ。
 ミイさんは発語がなく、私たちと目を合わせることもなかった。そばかすがいっぱいの顔は少女のようだった。床にマットレス寝具を置いただけの白い空間で、昼夜関係なく歩き続けていた。
 ミイさんの夫は毎日会いに来ていた。朗らかで明るい人だった。帽子をかぶり若々しくてダンディーだった。他の入所者にもよく優しく声をかけていた。
「ミイちゃんに会いたくて目が覚めるんだ」そう言って6時に施設の玄関が開くのと同時にやってくる。ミイさんの食事介助をして、自分もお弁当を一緒に食べるのが日課だ。
 唇に口紅を塗ってあげ、「ミイちゃん、ミイちゃん」といつも話しかけていた。日中は二人でよく階段で過ごした。ミイさんが少しでも長く元気でいられるよう一緒に上り下りをしていたのだ。
 ミイさんは居室内で何度か転倒をくりかえした。私たちは彼女を車いすにのせ、ひもで足を固定し廊下に出して目が届くようにした。
 夫はなにも言わなかった。会いに来たときは、自分でひもをはずして歩かせていた。あるときそばを通りかかると「ミイちゃん歩けなくなってきた」そうつぶやいているのが聞こえた。
 数ヵ月後には歩くことも立つこともできなくなった。
「ミイちゃん昔、頭を打ったんだ。そのせいでこんなふうになっちゃったんじゃないかと思うんだ」
夫が廊下で私に話しかけてきた。ミイさんが何年も前に事故で頭部を打ったことは知っていた。しばらく座っていろんな話をした。今までなかなかこんな時間は取れなかった。
「昔からこんなに仲がよかったんですか」
私は当然そうだろうと思い込んで聞いたのだ。夫はさびしそうに笑って言った。
「いいや…、この人がこんなふうになってからじゃないかな」
 その瞬間私の目に涙があふれ、彼の顔から目をそらしていた。なんてことを聞いてしまったんだろうという思いでいっぱいだった。その後も彼の姿を見るたびに涙があふれそうになり、ついにはあまり話をしなくなってしまった。
 5年間その施設で働いたあと、在宅介護に興味を持つようになりヘルパーに転職した。
 今では私も結婚し夫と二人暮らしだ。夫婦のあり方を考えるときいつもあの夫妻のことを思い出す。ミイさんは言葉が話せなかったけど、若い私に大切ななにかを教えてくれたように思う。

Appendix

プロフィール

RISA

Author:RISA
本とカフェ巡りが好きな40代女性です。北海道札幌生まれ。
いつか本を出版するのが夢☆です。

現在、およそ2日に1度のペースで更新中です。

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